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SCENE#30    一人土俵、魂のうっちゃり 第2章 ~無音の土俵が繋いだ心~ A Lone Dohyo, A Soul’s Utchari:Chapter 2〜The Silent Dohyo that Connected Hearts

ショートストーリーSCENE Short Stories

第1章 土俵の歓声と、届かぬ声、そして小さな視線

 

十両昇進を果たした山嵐は、新境地で躍動していた。かつての無口で孤独な面影は薄れ、土俵では持ち前の粘り強さに加え、磨き上げた技で白星を重ねていく。館内には「山嵐!」と声援が飛び交い、その声が彼の力となるのを感じた。

 

 

しかし、ある日、巡業先の小さな相撲教室でのことだった。子供たちに稽古をつける山嵐の目に留まったのは、ひとり離れて土俵の隅に座る少年の姿だった。周りの子供たちが歓声を上げ、はしゃぐ中、その少年だけは、まるで音のない世界にいるかのように静かに座っていた。

 

 

彼の視線は、熱心に稽古をする山嵐の手や足の動き、特に土俵際の足運びに釘付けになっていた。山嵐の視線が少年と交わると、少年は少しだけ身を固くしたが、その目は決して逸らさなかった。

 

 

稽古が終わり、子供たちがサインを求めて山嵐の元に殺到する中、少年は一歩も動かない。その様子に気づいた山嵐が、屈んで少年の目線に合わせ「どうした?」と声をかけると、少年はきょとんとした顔で彼を見上げた。

 

 

山嵐はもう一度、今度はゆっくりと口を動かしながら「大丈夫か?」と尋ねたが、少年は首を傾げるばかり…付き添いの男性が慌てて近づき、手話で何かを伝え始めた。その光景を見て、山嵐は少年が耳が聞こえないことを知った。

 

 

少年はコウと名乗った。手話通訳を介してコウは手で「山嵐関の相撲、大好きです!特に、あの土俵際でのうっちゃりが、いつも見事でした!」と伝えた。山嵐は驚きと喜びを感じた。

 

 

「そうか、俺の相撲を見てくれているのか…歓声は聞こえないのに、こんなにも細かく見てくれているなんて……」

 

 

その言葉は、誰にも理解されない中でただ強さだけを追い求めてきた過去の自分には想像もできなかったものだった。その日から、山嵐はコウが来る日は、土俵の上でより一層、手の動きや体全体で相撲の魅力を表現しようと意識するようになった。孤独だった過去の自分と重なる部分を感じ、山嵐の心に新たな感情が芽生え始めていた。

 

 

ある時、山嵐が稽古で「四股」を踏むと、コウは目を輝かせ、自分も小さな足で真似をしようとした。山嵐は思わず微笑み、「そう、そうだ!しっかり大地を踏みしめるんだ!」と口の動きと身振りで教え、コウの小さな四股に合わせて、自分もゆっくりと四股を踏み直した。コウは山嵐の動きをじっと見つめ、大きく頷いた後、満面の笑みで手話で「力持ち!」と表現した。

 

 

 

第2章:言葉の壁、そして心の橋、そして初めての触れ合い

 

コウは毎日のように相撲教室に顔を出すようになった。山嵐はコウと話したいと思ったが、言葉の壁が立ちはだかった。手話は全くわからない。筆談を試みたが、幼いコウの理解力には限界があった。

 

 

「どうしたら、この子にもっと伝えられるだろう……俺は、ずっと一人で言葉にできなかった。この子も、同じように孤独を感じているのだろうか…」

 

 

もどかしさを感じながらも、山嵐はコウが手話で自分の相撲への思いを懸命に伝えようとする姿に心を打たれた。

 

 

ある日、コウが稽古中に転んで膝を擦りむいた。山嵐は駆け寄って手当てをしようとしたが、どう声をかけていいかわからない。コウは痛みと不安で、小さな身体を震わせていた。

 

 

その時、山嵐はとっさに、かつて師匠が自分を励ましたように、無言でそっとコウの頭を撫でた。コウは驚いたように顔を上げ、彼の目を見つめた。その眼差しには、これまで見たことのない安堵と信頼の色が浮かんでいた。

 

 

山嵐は、コウの小さな手をそっと取り、自分の大きな掌で包み込んだ。「痛かったな…大丈夫だ!」とゆっくり口を動かし、その温もりが、言葉以上の安心感をコウに与えたようだった。

 

 

その瞬間、山嵐は言葉だけがコミュニケーションの全てではないことを悟った。触れ合うこと、寄り添うこと、そして互いの目を見て心を伝え合うこと。それらが、言葉の壁を越える心の橋となるのだと。彼はコウに、相撲の基本動作である四股や摺り足を、ゆっくりと、そして大げさに身振り手振りで教え始めた。

 

 

コウは山嵐の動きを食い入るように見つめ、一つ一つ真似をしていった。山嵐が「こうやるんだ!」と身振りで示すと、コウはすぐに理解し、力強く地面を踏みしめた。そこには、言葉はなくても通じ合う、確かな絆が生まれ始めていた。

 

 

ある日、コウが山嵐に、自分の名前を手話で示す仕草を教えてくれた。山嵐はぎこちないながらもそれを真似し、「コウ、これで合ってるか?」と尋ねると、コウは満面の笑みを浮かべ、「はい!」と力強く頷いた。

 

 

さらにコウは、相撲を表す手話も教えてくれた。「これは『相撲』だよ。こうやって、ぶつかるんだ!」と、小さな両手を合わせてぶつかる仕草を見せた。山嵐はそれを真剣な顔で覚え、稽古の合間に何度も練習した。

 

 

 

 

第3章:無言の対話、そして育まれる信頼と秘密のサイン

 

コウは山嵐の熱心な指導のおかげで、少しずつ相撲の動きを覚えていった。山嵐は、コウがわずかな動きの変化にも気づき、それを真似しようとする集中力に驚かされた。彼の指導は、もはや単なる稽古ではなく、互いの心が通じ合う無言の対話となっていた。

 

 

ある日のこと、コウはスケッチブックに山嵐の相撲を描いて持ってきた。そこには、力強く土俵を割る山嵐の姿が、子供らしい筆致で描かれていた。そして、絵の横には、拙い文字で「やまあらしぜき、つよい!」と書かれていた。

 

 

山嵐は、その絵と文字を見た時、胸が熱くなった。「コウ、ありがとう。これ、すごく嬉しいぞ!」と伝え、コウが描いた絵を大切に部屋の自分の棚に飾った。

 

 

この絵を見るたびに、山嵐はあの孤独だった幕下時代を思い出す。誰も自分の努力を評価してくれず、ただ一人、黙々と稽古に打ち込んでいた日々。だが今は、コウという、自分を心から応援してくれる存在がいる。その事実が、彼の胸を温かく満たした。

 

 

コウの存在は、山嵐の相撲にも大きな影響を与え始めた。土俵に上がる前、山嵐は客席にいるコウの姿を探すようになった。コウの純粋なまなざしは、彼の心を落ち着かせ、集中力を高めた。

 

 

そして、勝利を収めた時、彼はコウにだけわかるように、親指を立てる小さなガッツポーズをするようになった。コウはそれを見て、満面の笑みで同じように親指を立てて応えた。山嵐は心の中で「よし、コウにも伝わったな!」と勝利を確信した。

 

 

二人の間には、言葉を超えた、深い信頼関係と、誰にも知られない秘密のサインが育まれていった。場所中、山嵐は毎日、コウが描いた絵を眺め、その絵から力をもらっていた。

 

 

ある時には、コウが、小さな人形で相撲の技を山嵐に披露した。「これは、投げ技で、こうやるんだ!」と身振り手振りで説明するコウに、山嵐は「なるほどな、そうか!」と目を細め、新たな視点を与えられた。

 

 

 

第4章:伝わる思い、広がる輪、そして共に歩む土俵

 

コウとの交流は、部屋の弟弟子たちにも影響を与えた。最初は戸惑っていた弟弟子たちも、山嵐とコウの温かい交流を見て、徐々に手話に興味を持つようになった。山嵐は、コウの父親に頼み、簡単な手話を教えてもらうようになった。そして、それを弟弟子たちにも教え、皆でコウとコミュニケーションを取ろうと努力した。

 

 

稽古場では、山嵐が手話で「頑張れ!」とコウに送ると、弟弟子たちも真似をして手でエールを送るようになった。師匠もまた、稽古の合間にコウを見かけると、「コウ、今日もしっかり見ているか!」と、彼なりに覚えた手話で「元気か!」と尋ねるようになった。そのぎこちない手話に、コウも嬉しそうに頷いた。

 

 

ある日、巡業先のイベントで、山嵐は子供たちに相撲の楽しさを伝えるためのデモンストレーションを行うことになった。山嵐は、コウにも手伝ってもらえないかと提案した。コウは最初、人前で何かをするのが苦手で躊躇していたが、山嵐の「コウの相撲、みんなに見せたい!」という言葉に背中を押され、参加を決めた。

 

 

デモンストレーション当日、山嵐はコウと共に土俵に上がった。山嵐が手話で相撲の基本を説明し、コウがそれを実演する。山嵐が「四股」と手話で示すと、コウは力強く四股を踏み、会場の子供たちから歓声が上がった。山嵐はコウの動きを「素晴らしい!重心をしっかり落とせているぞ!」と身振りで褒めた。言葉がなくても、二人の息はぴったり合っていた。

 

 

会場の子供たちは、真剣な眼差しで二人を見つめ、デモンストレーションが終わると、大きな拍手が沸き起こった。その拍手は、コウの耳には届かなくても、彼の心に温かい響きとなって届いているようだった。コウの顔には、自信に満ちた笑顔が浮かんでいた。山嵐は、コウと共に相撲の輪を広げることができた喜びを噛み締めた。

 

 

イベント後、コウは山嵐に、初めて自分から手話で「ありがとう、山嵐関!」と伝えた。観客の中には、手話で話す二人を珍しそうに見つめる者もいたが、山嵐は気にしなかった。この場所には、言葉を超えた、確かな繋がりが生まれたのだから…

 

 

その瞬間、山嵐はふと、自分が、誰にも理解されずにたった一人で土俵の隅で四股を踏んでいた日々を思い出した。あの頃の自分には、こんな風に心を分かち合える相手はいなかった。孤独だった自分の過去と、今、コウと分かち合えているこの温かい空間。その対比に、山嵐の胸は深く震えた。

 

 

 

第5章:聞こえる心、未来への土俵、そして新たな夢

 

山嵐は、コウとの出会いを通じて、相撲の真の強さとは何かを再認識した。それは、単に相手を倒す力だけではない。相手を理解し、尊重し、そして心を繋ぎ合わせる力だ。彼の相撲は、より深みを増し、見る者の心を揺さぶるようになった。

 

 

ある場所で、山嵐は自己最高位を更新し、ついに幕内の土俵に上がった。その日の取組後、彼はコウと会うことができた。コウは、手話でゆっくりと、そしてはっきりと彼に伝えた。

 

 

「山嵐関、がんばってくれて、ありがとう。ボクも、山嵐関みたいに、つよくなりたい。そして、いつか、ボクも耳が聞こえない子たちに、相撲を教えたい…」

 

 

その言葉に、山嵐の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。コウの小さな手が、山嵐の大きな手をぎゅっと握った。山嵐はコウの肩を抱き寄せ、「コウなら、きっと強くなれる!お前の夢は、必ず叶う。俺も、もっと上を目指すからな!」と力強く頷いた。

 

 

コウはその後、地元のろう学校で相撲を始めた。彼は、山嵐から学んだ知識と技術を、仲間たちに教えるようになった。コウが手話で相撲の技を解説し、見本を示すと、仲間たちは真剣な眼差しで見つめていた。その光景は、かつて山嵐が孤独に相撲の専門書を読み漁っていた姿と重なり、同時に、その知識が今、コウを通じて確かに受け継がれていることを示していた。

 

 

山嵐もまた、時間を見つけてはコウたちの稽古を見に行くようになった。コウが稽古で新しい技を覚えるたびに、山嵐は心の中で「よくやった!その調子だ、コウ!」と拍手を送った。かつて孤独だった山嵐の周りには、今、たくさんの笑顔と、手話で交わされる温かい会話があった。

 

 

山嵐は、横綱を目指すだけではない、新たな夢を見つけていた。それは、相撲を通じて、言葉の壁を越え、人々の心を繋ぐこと。そして、コウのような子供たちが、相撲を通じて自信を持ち、未来を切り開く手助けをすること。土俵の歓声は、コウには聞こえないかもしれない。しかし、彼らの心は確かに繋がっていた。

 

 

山嵐は、晴れ渡った青空の下、コウが力強く四股を踏む姿を見つめた。そして、コウの目を見て、ゆっくりと、しかしはっきりと手話を始めた。

 

 

「コウ」(親指と人差し指を立てて、額から前へ出す) 「お前は」(人差し指をコウに向けて、そのまま自分を指す) 「強い」(両手を握り、胸の前で力こぶを作る) 「心」(左手のひらを胸に当て、右手をその上からそっと包む) 「持っている」(両手を握って、手のひらを上に向ける) 「だから」(両手で何かを差し出すように前へ) 「大丈夫」(片方の親指と人差し指を立てて、輪を作る) 「未来は」(手のひらを前へ向け、未来を指すように動かす) 「きっと」(頷きながら、両手で確信するしぐさ) 「明るいよ!」(両手の指を開き、上へ向かって広げるように動かす)

 

 

コウは、山嵐のその手話を見つめ、全てを理解したように、大きく、深く頷いた。彼の瞳には、希望の光が満ち溢れていた。

 

 

山嵐の物語は、この新たな絆と共に、無限の可能性を秘めた未来へと続いていく…

 

 

◆第1章と、合わせてお読みください….

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