第一章:七夕前夜のドタバタ劇
七夕前夜、天の川はキラキラと輝き、彦星と織姫はついに一年ぶりの再会を果たすと誰もが信じていた。しかし、地上では、天の川に架かるはずの「逢瀬橋」の建設が遅れていた。担当は、星屑工務店のポンコツ職人、天野川ヒコと、その幼馴染で設計士の織田ヒメ。そう、彦星と織姫の人間界での仮の姿である。
「ヒコ!また釘が曲がってるじゃない!これじゃ明日までに間に合わないわよ!あんた、本当にやる気あるの!?」ヒメが叫ぶ。 「いやー、ヒメちゃん、この釘、彦星様の情熱に耐えきれなくて、自ら曲がったんじゃないかなー?愛が重すぎて、ってやつ?」ヒコはヘラヘラと笑い、お約束のギャグを飛ばす。 ヒメは額に青筋を立てた。
「いいから早くして!毎年毎年、この時期になると絶対何かやらかすんだから!去年の竹の橋の悪夢、忘れたわけ!?」
そう、彼らが逢瀬橋の建設を担当するのは今年で三年目。一昨年は設計図のミスで橋がU字型になり、昨年は資材の発注ミスで橋が竹製になった。今年もまた、とんでもない予感がプンプンする。
その頃、天界では、彦星と織姫がソワソワしていた。 「織姫様、今年の橋は大丈夫でしょうか?去年の竹の橋では、彦星様が滑って転んでしまって、お尻を強打なさってましたし…」織姫の侍女、きららが心配そうに言う。
「大丈夫よ、きらら。ヒコさんとヒメさんなら、きっと最高の橋を作ってくれるわ。…たぶんね」織姫はそう言いながらも、内心では去年の竹の橋の上でコケた彦星の姿を思い出してクスッと笑っていた。
彦星は、織姫に会える喜びで落ち着かない。「織姫!今年はどんな話をする?去年の『最新のトレンドスイーツ』の話の続きかな?今、人間界ではタピオカの次は何が流行ってるんだい!?」 織姫は微笑んで頷く。しかし、その時、天界に激震が走った。
「彦星様!織姫様!大変でございます!大至急お伝えせねばならないことが!」天界の使者、雷神様が血相を変えて飛び込んできた。「地上で…地上でとんでもないことが…!あの逢瀬橋が…!」
第二章:嵐を呼ぶ恋路
雷神様が告げた「とんでもないこと」とは、逢瀬橋が建設途中で崩落したことだった。ヒコが、橋脚の基礎を固めるためのセメントに、誤って愛情増進剤と間違えて大量のワサビを入れたのが原因だった。橋は崩れ落ち、ワサビの刺激臭が天の川まで届くほどだった。
「ヒコォォォォォォ!今度はワサビ!?あんた、一体何を考えてるのよ!!」ヒメの怒号が響き渡る。
「いやー、ヒメちゃん、これも彦星様の愛が溢れて橋が耐えきれなかったってことで!愛のワサビ効果ってやつ!?目にしみるぜぇ!」ヒコはヘラヘラと笑い、またもや謎の持論を展開した。
天界では、彦星と織姫が青ざめていた。 「ワサビ…ですか…?私の愛はワサビではないはずですが…むしろ甘いカスタードクリームのような…」彦星は絶句した。「まさか、織姫が私にワサビを要求しているとでも!?」 織姫は顔を覆った。
「ヒコさん、またやってくれたわね…お願いだから、もう少し普通のことをしてちょうだい…!」
しかし、七夕の日は刻一刻と迫っている。 「どうする、織姫!このままでは会えない!私と織姫の年に一度の逢瀬が…まさかワサビで台無しに…!?」彦星は焦る。
織姫は考え込んだ。そして、一つの奇策を思いつく。「彦星様、私に考えがあります。私たち自身が、逢瀬橋になるのです!ええ、そうよ、身を挺してでも!」
その頃、地上では、崩れた橋の残骸の横で、ヒコとヒメが途方に暮れていた。 「もうだめだ…これで三年連続だぞ…来年から俺ら、確実にリストラだぜ…」ヒコは肩を落とす。 「誰のせいよ!あんたのワサビのせいでしょ!?責任取ってよね!」ヒメがヒコを睨む。
その時、ヒコとヒメの頭の中に、彦星と織姫の声が響いた。 「ヒコ、ヒメ!我々に力を貸してほしい!そなたたちの愛の…いや、友情の力で!」 「そなたたちの愛の力で、この危機を乗り越えるのじゃ!さすれば、二人の恋も実を結ぶであろう!」
第三章:奇妙な共同作業
彦星と織姫の声を聞いたヒコとヒメは、半信半疑ながらも言われた通りに手を取り合った。すると、彼らの体から不思議な光が放たれ、天の川へと吸い込まれていく。
天の川の上空で、ヒコとヒメの体が徐々に変化し始めた。ヒコの体は天の川をまたぐように伸び、橋の土台のような形になっていく。ヒメの体は、その土台に寄り添うように架けられ、橋の欄干のように変化していった。
「うわぁぁぁ!俺、橋になってるぅぅぅ!これ、ギャグでしょ!?」ヒコが叫ぶ。 「ヒコ、変なこと言わないで集中して!この状態でヘラヘラしないでよ!」ヒメは顔を赤らめる。 彦星と織姫は、その光景を信じられない思いで見つめていた。 「あれが…逢瀬橋…?まさか、人間界の私と織姫が…?」彦星は呆然とつぶやいた。
ヒコとヒメが、文字通り「身を挺して」作り上げた橋は、これまでのどんな橋よりも頼りなく、そして奇妙な形をしていた。橋の真ん中には、ヒコの顔が大きく、そして少し情けなく浮かび上がり、ヒメの腕が橋のアーチのように伸びていた。
「彦星様!織姫様!さあ、お渡りください!時間はございません!」雷神様が声を上げる。 彦星と織姫は顔を見合わせ、苦笑した。しかし、これしか方法はない。
彦星が恐る恐る、ヒコの顔の上に乗ると、ヒコの顔が「うにゅ!」と潰れた。 「痛いぃぃぃ!彦星様、もうちょっと優しくお願いしますぅ!俺の顔面がっ!」 織姫は思わず吹き出した。「彦星様、もう少しだけ優しくしてあげて…彼の顔が潰れてしまうわ…」
第四章:愛と友情の架け橋
彦星と織姫は、ヒコとヒメの体を踏みしめながら、ゆっくりと橋を渡り始めた。彦星がヒコの頭を踏むと、ヒコは「うぐっ!頭痛が…!」と声を上げ、織姫がヒメの腕に触れると、ヒメは「くすぐったい!やめてよ、もう!」と小さく叫んだ。
その奇妙な光景に、天界の神々も地上に集まった人々も、皆が固唾をのんで見守っていた。 「彦星様、もう少しでございます!あと少しの辛抱です!」きららが声を震わせる。 織姫は、ヒコとヒメの姿を見て、あることに気づいた。彼らは、常にぶつかり合いながらも、お互いを支え合っている。まるで、自分たち彦星と織姫のように。
その時、急に強い風が吹き荒れ、橋が大きく揺れた。 「きゃーっ!」織姫がバランスを崩しそうになる。 とっさに彦星が織姫の手を取り、ヒコとヒメもまた、お互いの体を強く固定しようと必死になった。 「ヒメ、しっかり掴まれ!今、離れたら俺たち、ただの人間だぞ!?」ヒコが叫ぶ。 「あなたこそ!余計なこと言わないで!」ヒメが言い返す。
その瞬間、彦星と織姫は、自分たちの目の前にあるのが単なる「橋」ではないことに気づいた。そこには、ヒコとヒメの、ぶつかり合いながらも確かに存在する愛と友情があった。
第五章:七夕の奇跡
なんとか橋を渡りきった彦星と織姫は、ついに天の川の中央で再会を果たした。 「織姫!本当に会えたのだな!」 「彦星様!一年ぶりの再会よ!」 二人は抱き合った。一年ぶりの再会は、これまでのどんな再会よりも、奇妙で、そして温かいものだった。
そして、ヒコとヒメの体は、再び光となって地上へと降りてきた。 「無事、会えましたね!俺たち、やったぜ、ヒメちゃん!」ヒコは笑顔でヒメに言った。 「まったく、あんたのおかげで毎年大変なんだから!でも…まあ、よかったわね」ヒメはそう言いながらも、少しだけ顔を赤らめていた。
その夜、彦星と織姫は、ヒコとヒメが作った奇妙な橋の上で、ゆっくりと語り合った。 「今年の橋は、本当に忘れられないわね。ある意味、一番ロマンチックだったかも」織姫が微笑んだ。
「ああ。あの二人の…いや、私たち二人の愛が、最高の橋になったのだな。ワサビ風味のな」彦星は、ヒコとヒメの方を見て、しみじみとつぶやいた。
翌朝、逢瀬橋のあった場所には、まるで何事もなかったかのように、ただの野原が広がっていた。しかし、ヒコとヒメの心の中には、確かにあの夜の出来事が刻まれていた。
「なぁ、ヒメちゃん…来年の七夕、また橋、作る?」
「はぁ?あんた、懲りないわね!でも…いいわよ、今度はちゃんと設計図通りにね!」
コメント