1. 平凡な日常の異変
俺、田中ユウタ。ごく普通の高校二年生だ。ある日の放課後、いつものように誰もいない旧校舎の裏で、スマホをいじっていた。すると、足元にあった朽ちかけた木箱の中から、妙なものが転がり出た。それは、手のひらサイズの、古ぼけた腕時計のような形をしていた。錆びていて、文字盤はひび割れ、針も折れている。
「なんだこれ?」
何気なくボタンを押してみた、その時だった。
世界が、止まった。
動いていたはずの木の葉が、空中でぴたりと静止している。遠くで聞こえていた部活動の声も、ピタッと途絶えた。まるで、世界の時間がフリーズしたかのように。最初はパニックになったが、すぐに自分が動けていることに気づいた。そして、手の中の腕時計が、微かに脈打っているような感覚があった。
何度もボタンを押してみると、時間が動き出したり、また止まったりする。どうやらこのガラクタは、時間を操る装置らしい。最初は面白半分で使ってみた。苦手なテストの時間を止め、答えをカンニングしたり、クラスメイトのドジを先回りして助けたり。調子に乗って、ちょっとした悪戯にも使った。
2.未来からの干渉者
ある日の夜、ユウタはいつものように時間を止め、コンビニで新発売のお菓子を吟味していた。客も店員も、ぴたりと静止している。その時、視界の隅で、何かかすかな動きを感じた。
「え?」
止まっているはずの店内を、フードを深く被った人影が、ゆっくりと移動している。 その人物は、店の奥にある雑誌コーナーへと向かい、棚の裏に手を伸ばした。そして、何か薄いものを抜き取ると、すぐにフードを深く被り直し、出口へと向かおうとする。
ユウタは反射的に、その人物の前に飛び出した。時間を止めているはずなのに、自分以外にも動ける存在がいることに、激しい動揺を覚えた。人影はユウタの出現に一瞬ひるんだように見えたが、すぐに冷たい視線でユウタを射抜いた。その瞳の奥には、時間の停止とは異なる、奇妙な光が宿っていた。
「余計なことを…」
低い声が響いた。時間を止めているはずなのに、その声はユウタの耳に直接届いた。その人物の手には、古びた設計図のような紙束が握られていた。薄く汚れてはいるが、見たことのない記号や複雑な回路図が描かれている。ユウタにはそれが何なのか全く分からなかったが、直感的に、それが非常に重要なものだと感じた。
未来人は、ユウタが持っている時間停止装置に気づいたようだった。一瞬の隙をつき、ユウタはその設計図を奪い取った。未来人は舌打ちをして、再び動き出す。そして、まるで空間をねじ曲げるかのように、その場からすっと消えてしまった。
ユウタは息を呑んだ。時間が動き出し、コンビニの店員が「いらっしゃいませー」と能天気な声を上げる。手の中には、未来人が回収しようとしていたらしい、謎の設計図が握られていた。
3.謎の設計図と意外な協力者
ユウタは家に帰り着くと、手に入れた設計図を広げた。複雑な記号と数式、見慣れない構造図の羅列に、頭が痛くなる。高校生であるユウタには、到底理解できる代物ではなかった。しかし、これが未来人が回収しようとした「何か」であり、自分の身に危険が迫っていることだけは理解できた。
「どうすればいいんだ、これ…」
翌日、学校でユウタはぼんやりと考え込んでいた。ふと、同じクラスの秀才、佐々木アキラの顔が頭に浮かんだ。アキラは理数系の天才で、授業中に先生が舌を巻くような難問を解いてみせることもある。もし、この設計図を理解できる人間がいるとすれば、彼しかいないだろう。
放課後、ユウタは思い切ってアキラに声をかけた。最初は「何か変なものでも拾ったのか?」というような顔をされたが、ユウタが真剣な顔で「とんでもないものを手に入れたかもしれない」と告げると、アキラは興味を示した。
人気のない図書室の隅で、ユウタは昨日起こった出来事と、手に入れた設計図を見せた。アキラは設計図を一目見るなり、その表情を変えた。
「これは…」
アキラは設計図を食い入るように見つめ、鉛筆を走らせ、黙々と計算を始めた。時折、眉間に皺を寄せ、唸り声を上げる。「こんな馬鹿な…」「ありえない…」などと、独り言を呟いている。ユウタはただ息を詰めて見守るしかなかった。
数時間が経過しただろうか。アキラは顔を上げ、興奮した面持ちでユウタを見た。
「ユウタ、これはとんでもない代物だ。これは、『大気中の二酸化炭素を直接分解し、クリーンなエネルギーを無限に生成する装置』の設計図だ!」
アキラの言葉に、ユウタは耳を疑った。そんな夢のような技術が、この世界に存在するのだろうか。
「この理論は、僕が知る限り、現在の科学では到達し得ないレベルにある。もしこれが実用化されれば、未来のエネルギー問題も、環境問題も、全て解決するはずだ。でも、なぜこんなものが…そして、なぜ失われたんだろう…?」
アキラは設計図の隅に書かれた、かすれた日付と、ある組織のエンブレムのようなものを指差した。
「この日付は、約50年前。そしてこのエンブレム…確か、当時の世界を牛耳っていた巨大複合企業体、『ガイア・ソリューションズ』のものだ。彼らは、その当時、環境技術の分野で世界をリードしていたが、ある日突然、全ての技術開発を凍結し、表舞台から姿を消したとされている…」
設計図は、アキラによって少しずつその秘密が明かされていく。それは未来人が回収しようとしていた理由、そして「失われた」技術が持つ、現代社会の裏側にある闇へと、ユウタとアキラを誘い始めていた。
4.50年前の影、ガイア・ソリューションズの闇
「この技術は、本当に『失われた』わけじゃない。誰かによって、意図的に『隠された』んだ! そして、その裏には、きっとこの環境活動家の失踪も関係している…」
アキラの言葉は、ユウタの胸に重く響いた。未来人が追っていたのは、単なる古い設計図ではなかった。それは、50年前の巨大な陰謀の証拠であり、現代、そして未来にまで影響を及ぼす闇の存在を示唆していた。
アキラは興奮冷めやらぬ様子で、図書室のパソコンで「ガイア・ソリューションズ」について調べ始めた。しかし、検索しても出てくる情報は、どれも断片的で表層的なものばかりだった。 「おかしいな。これほどの大企業だったのに、ネット上にはほとんど情報がない。まるで、誰かが意図的に情報を消したみたいだ…」
アキラはそう呟くと、ユウタが持っていた時間停止装置をじっと見つめた。 「ユウタ、この装置は時間を止められるんだろ? なら、もしかしたら…」
アキラは、50年前の出来事に関する情報を得るために、古びた資料を探すことを提案した。現代のインターネットでは見つけられない情報も、古い図書館や資料館、あるいは当時の新聞記事などには残っているかもしれない。
週末、ユウタとアキラは、市内の古く寂れた図書館を訪れた。デジタル化されていない膨大な資料の中から、アキラは「ガイア・ソリューションズ」に関する記事や文献を根気強く探し続けた。ユウタは、アキラが集中している隙に、周囲に怪しい人物がいないか警戒しながら、時折時間停止装置で時間を止めて、アキラの資料探しを補助した。停止した時間の中、膨大な量の資料を瞬時にめくっていくアキラの姿は、まるで時間旅行者のようだった。
数時間の調査の結果、アキラはついに、いくつかの興味深い記事を見つけた。
それは50年前の地方紙の切り抜きだった。 『ガイア・ソリューションズ、画期的な新エネルギー開発を中止!』 『環境技術の希望、突然の暗転の裏に何が?』 記事には、ガイア・ソリューションズが当時、まさに「クリーンエネルギー」の開発で世界的な注目を浴びていたこと、そしてその開発が突如として「技術的な問題」を理由に中止されたことが報じられていた。しかし、その「技術的な問題」に関する具体的な記述はどこにもなく、突然の開発中止は多くの謎を残したままだった。
さらにアキラが読み進めていくと、小さなコラム記事に目が留まった。 『環境活動家、謎の失踪か? ガイア・ソリューションズを批判』 その記事には、ガイア・ソリューションズの技術開発中止に疑問を呈し、企業の裏で何らかの「圧力」があることを示唆していた著名な環境活動家が、開発中止の直後から行方不明になっている、という内容が書かれていた。
「これだ…!」アキラが低い声で呟いた。「この技術は、本当に『失われた』わけじゃない。誰かによって、意図的に『隠された』んだ! そして、その裏には、きっとこの環境活動家の失踪も関係している…」
設計図が示す「失われた技術」は、単なる過去の遺物ではなかった。それは、50年前の巨大な陰謀と、未来にまで影響を及ぼす深い闇の存在を、ユウタとアキラに突きつけていた。
5.黒幕の影、そして未来からの監視者
未来からの監視者に気づき、ユウタは背筋が凍る思いだった。設計図の秘密が暴かれるほど、危険が迫っていることを肌で感じた。アキラもまた、事態の深刻さを悟り、眉間に深い皺を刻んだ。
「未来人がなぜ、この技術の隠蔽に関わっているゼニス・エナジーの動きを、ここまで執拗に監視しているんだ? 彼らはただ、歴史の歪みを修正したいだけなのか…?」
アキラはさらに深く資料を掘り下げていった。ゼニス・エナジーがガイア・ソリューションズを事実上吸収合併し、その研究開発部門を解体した経緯。そして、その過程で、ガイア・ソリューションズの主要な研究者たちが謎の失踪を遂げているという記事を見つけた。失踪した環境活動家だけではなく、技術を開発していた科学者たちまでが消えていたのだ。
「これだけではないはずだ…」アキラは呟いた。「ゼニス・エナジーがこの技術を隠蔽するにあたって、これほど徹底したのは、彼ら自身が、この技術から何らかの利益を得ていたからではないか?」
アキラは、ゼニス・エナジーの創設時からの株主構成や、主要な取引先、そして彼らが過去に投資していた事業などを丹念に調べていった。そして、驚くべき共通点を見つけ出した。
「見てくれ、ユウタ!」アキラが指差したのは、複数の企業の株主リストに共通して現れる、ある投資ファンドの名前だった。「『クロノス・キャピタル』…この投資ファンドは、ゼニス・エナジーだけでなく、世界中の大手石油会社、ガス会社、そして電力会社の大株主になっている。しかも、その設立時期は、ガイア・ソリューションズの技術が隠蔽された時期とほぼ一致する!」
ユウタは息を呑んだ。それは単なる企業間の取引ではない。世界中のエネルギー利権を牛耳る、巨大な陰謀の糸口が見えてきたのだ。
「彼らは、この『失われた技術』が世界に広まることを阻止し、自分たちの富と権力を維持しようとしたんだ。未来人も、この技術の存在を知っていて、それを歴史から完全に消し去るために、回収に来たのかもしれない…」
アキラは、未来人がなぜユウタを監視しているのか、そして彼らが本当に「歴史の修正」だけを目的としているのか、その裏に潜む意図について考えを巡らせ始めた。この「失われた技術」は、現代の、そして未来の世界の闇を映し出す鏡となっていた。
6.歴史の裏に潜む真の黒幕
「クロノス・キャピタル…奴らが、この技術を隠蔽した真の黒幕だったんだ。」
アキラの言葉に、ユウタは激しい憤りを感じた。未来を救うはずだった技術が、たった一部の人間たちの私利私欲のために闇に葬られていた。そして、その結果が、未来の環境危機に繋がっているのかもしれない。
未来からの監視者に気づき、ユウタは背筋が凍る思いだった。設計図の秘密が暴かれるほど、危険が迫っていることを肌で感じた。アキラもまた、事態の深刻さを悟り、眉間に深い皺を刻んだ。
「未来人がなぜ、この技術の隠蔽に関わっているゼニス・エナジーの動きを、ここまで執拗に監視しているんだ? 彼らはただ、歴史の歪みを修正したいだけなのか…?」
アキラはさらに深く資料を掘り下げていった。ゼニス・エナジーがガイア・ソリューションズを事実上吸収合併し、その研究開発部門を解体した経緯。そして、その過程で、ガイア・ソリューションズの主要な研究者たちが謎の失踪を遂げているという記事を見つけた。失踪した環境活動家だけではなく、技術を開発していた科学者たちまでが消えていたのだ。
「これだけではないはずだ…」アキラは呟いた。「ゼニス・エナジーがこの技術を隠蔽するにあたって、これほど徹底したのは、彼ら自身が、この技術から何らかの利益を得ていたからではないか?」
ユウタは疑問に思った。「でも、技術を隠蔽したなら、利益は生まれないんじゃないのか?」
「いや、逆だ」アキラは首を振った。「もしこのクリーンエネルギーが実用化されれば、既存の化石燃料産業や電力供給システムは、根底から覆される。莫大な利権が失われることになる…」
アキラは、ゼニス・エナジーの創設時からの株主構成や、主要な取引先、そして彼らが過去に投資していた事業などを丹念に調べていった。そして、驚くべき共通点を見つけ出した。
「見てくれ、ユウタ!」アキラが指差したのは、複数の企業の株主リストに共通して現れる、ある投資ファンドの名前だった。「『クロノス・キャピタル』…この投資ファンドは、ゼニス・エナジーだけでなく、世界中の大手石油会社、ガス会社、そして電力会社の大株主になっている。しかも、その設立時期は、ガイア・ソリューションズの技術が隠蔽された時期とほぼ一致する!」
ユウタは息を呑んだ。それは単なる企業間の取引ではない。世界中のエネルギー利権を牛耳る、巨大な陰謀の糸口が見えてきたのだ。
「彼らは、この『失われた技術』が世界に広まることを阻止し、自分たちの富と権力を維持しようとしたんだ。未来人も、この技術の存在を知っていて、それを歴史から完全に消し去るために、回収に来たのかもしれない…」
アキラは、未来人がなぜユウタを監視しているのか、そして彼らが本当に「歴史の修正」だけを目的としているのか、その裏に潜む意図について考えを巡らせ始めた。この「失われた技術」は、現代の、そして未来の世界の闇を映し出す鏡となっていた。
7.真実の拡散、そして迫りくる危機
「このまま黙っているわけにはいかない。この真実を、世の中に伝えなきゃいけない!」ユウタは強い決意をアキラに告げた。
アキラも頷いた。「そうだ。この設計図と、僕たちが突き止めたクロノス・キャピタルの陰謀を公表する。それが、未来人から追われる僕たちにとって、唯一の活路かもしれない。」
二人は、情報の公開方法について考え始めた。大手メディアは、クロノス・キャピタルのような巨大企業の圧力を受け、真実を報じてくれないかもしれない。そこでアキラは、個人でも影響力を持つことのできるSNSや、独立系のジャーナリズムサイトに注目した。匿名での情報提供も視野に入れ、まずは小さな波紋を起こすことから始めようと決めた。
アキラは、設計図の一部を分かりやすく図解し、これまで収集してきたクロノス・キャピタルとゼニス・エナジーの関連性を示す証拠をまとめた。ユウタは、時間を止める能力を使って、夜な夜な誰もいない学校のパソコンルームに忍び込み、匿名性の高いサーバーを経由して情報をアップロードする作業を手伝った。
初めての投稿は、小さなジャーナリズムサイトの片隅にひっそりと掲載された。しかし、アキラが書いた内容は、驚くほど具体的で、説得力があった。特に、50年前に消えたはずの「クリーンエネルギー技術」の存在を示す設計図の一部が公開されたことは、一部の科学者や環境活動家の間で、すぐに注目を集め始めた。
数日後、その情報はSNSで拡散され始めた。最初は「陰謀論だ」と嘲笑する声もあったが、アキラが用意した論理的な証拠と、設計図の専門的な内容が、徐々に人々の関心を引きつけ始めた。
『50年前、隠蔽された夢のエネルギー技術の真実とは?』 『世界を支配する「クロノス・キャピタル」の闇』
といった見出しがネットニュースを賑わせるようになった。ユウタとアキラは、自分たちの投稿が世間に与えている影響の大きさに驚きを隠せなかった。
しかし、その波紋は、同時に彼ら自身の身に危険を及ぼすことにもなった。
ある日、ユウタが登校中に、背後から不自然な気配を感じた。振り返ると、見慣れない黒いスーツの男たちが、ユウタをじっと見つめている。彼らの視線は冷たく、明らかに敵意を帯びていた。
そして、その日の夕方。アキラから、震える声で電話がかかってきた。 「ユウタ…僕の家に、誰か侵入した形跡がある…! データが入ったUSBメモリが…消えてる…!」
クロノス・キャピタルが、そして未来人が、彼らの動きに気づいたのだ。真実が明るみに出始めたことで、彼らはより直接的で、そして暴力的な手段に訴え始めていた。
8.追跡者たちと絶体絶命の逃走
アキラの家への侵入とデータ消失。それは、クロノス・キャピタル、そして未来人が、もはや隠蔽工作の段階を終え、直接ユウタたちを排除しにかかってきた明確なサインだった。
「まずい、本気で来るぞ…!」アキラの焦った声が、電話越しに響く。 ユウタは、自分のスマホの位置情報が追跡されていることに気づいた。学校の帰り道、いつも通る裏通りに、黒いバンが不自然に停まっているのが見えた。周囲には、ユウタが朝見た黒スーツの男たちが、何食わぬ顔で立っている。
男の一人が、低い声で命令した。「止まれ。抵抗すれば…」
その言葉が終わるよりも早く、ユウタは腕時計のボタンを押した。
世界が、再び止まる。
男たちの動きが、ぴたりと静止した。ユウタは、止まった世界の中を駆け抜ける。男たちの隙間を縫い、時にはぶつかりそうになりながら、全力で走った。彼らの手の届かない場所まで逃げ延びると、ユウタは再び時間を動かした。男たちは、まるでユウタが瞬間移動したかのように、呆然と立ち尽くしていた。
図書館の裏口で、アキラが息を切らして待っていた。アキラはユウタに、手のひらサイズのUSBメモリを押し付けた。 「これに全てのデータをバックアップしておいた。今度は絶対、誰にも渡さない!」
その時、図書館の裏手から、複数の足音が聞こえてきた。クロノス・キャピタルの手先が、ここまで追ってきたのだ。さらに、先ほどユウタを追っていた黒いバンも、図書館の正面に回り込んできたのが見えた。
「くそっ、囲まれた!」ユウタは焦った。 「落ち着け、ユウタ! 君には『時間停止』がある! これを使って突破するしかない!」アキラは冷静さを保とうと努めた。
ユウタは覚悟を決めた。時間を停止させ、アキラを連れて脱出する。だが、どこへ逃げればいいのか? 街中に彼らの追手が潜んでいるとしたら、安全な場所などどこにもない。
絶体絶命のピンチの中、ユウタの脳裏に、ある場所が浮かんだ。それは、彼が時間停止装置を見つけた、あの旧校舎の裏だった。もしかしたら、あそこにはまだ、隠された何かがあるかもしれない。
「アキラ、旧校舎だ! あそこに行くぞ!」
ユウタはアキラの手を掴み、再び時間を止めた。迫りくる黒スーツの男たちと、バンから降りてくる追手たちを置き去りにし、二人は時間の止まった世界を走り出した。彼らの逃走は、もはや単なる逃げではない。それは、隠された真実を守り、未来を変えるための、決死のサバイバルゲームとなっていた。
9.未来への一縷の光、最後の賭け
ユウタとアキラは、追手の目を掻い潜り、息を切らしながら旧校舎の裏にたどり着いた。薄暗い物置小屋の隅に身を潜め、荒い息を整える。外からは、追手たちの足音や、焦れた声が聞こえてくる。時間はもはやあまり残されていない。
「くそっ、このままじゃ捕まるだけだ!」ユウタは焦燥感に駆られた。
アキラは、そんなユウタに冷静な声で語りかけた。「いや、まだだ。僕には、時間がない中でこの技術を実証する方法がある。ただ、そのためには…ある程度の準備が必要だ。」
アキラは、リュックから小さな段ボール箱を取り出した。中には、いくつかの電子部品や配線、そして小型のバッテリーが収められている。彼は、これまで秘密裏に、設計図に書かれた「クリーンエネルギー装置」のプロトタイプを製作していたのだ。
「この装置は、まだ完全じゃない。だけど、基本的な原理を実証するだけなら、この部品で十分だ。これをネットでライブ配信すれば、確実に世間の目を引ける。」
しかし、問題は、どこでライブ配信を行うか、だった。クロノス・キャピタルの監視の目が厳しい今、安全な場所などどこにもない。しかも、ライブ配信中に妨害されれば、全てが無駄になる。
ユウタは、自分の持つ時間停止能力に一縷の望みをかけた。
「アキラ、時間はどれくらいあればいい?」 「装置を組み立てて、最低限の調整をするのに、止めた時間で10分。そして、ライブ配信を始めてから、効果が目に見えて現れるまでに、さらに5分は必要だ。」
合計15分。ユウタの時間停止装置がどれだけ連続で使えるか、試したことはない。だが、これが最後のチャンスだった。
「わかった。俺が時間を止める。その間に、アキラは装置をセットして、配信を始めろ。場所は…屋上だ。校舎の中で一番高い場所なら、電波も入りやすいし、何より、世間に見せつけるには最高の舞台だ。」
アキラはユウタの目を見た。そこには、恐怖を乗り越えた、強い決意の光が宿っていた。
二人は物置小屋を抜け出し、旧校舎の階段を駆け上がった。屋上に出ると、冷たい夜風が吹き抜けていく。眼下には、静まり返った街の光が広がっていた。
ユウタは、ポケットから時間停止装置を取り出し、深く息を吸い込んだ。追手たちの足音が、すぐ下まで迫ってきている。
「アキラ、準備はいいか?」 「ああ!」
ユウタは、祈るような気持ちで、装置のボタンを強く押し込んだ。
再び、世界は停止した。
街の喧騒が、夜空に吸い込まれるように消え去る。止まった風が、ユウタの髪を微かに揺らす。その中で、アキラは驚くべき速さで、持ってきた部品を組み立て始めた。配線をつなぎ、小型のディスプレイを確認する。その指先は、決して震えることがなかった。
ユウタは、屋上の縁に立ち、周囲を見渡した。止まった街の彼方に、クロノス・キャピタルの黒いバンが、そして未来人の監視が、まだ続いているかもしれない。しかし、もう後には引けない。
アキラが、小型の装置を完成させ、スマホをセットする。ライブ配信のカウントダウンが始まる。
「ユウタ、残り3分!」アキラが叫んだ。
その時、屋上へのドアが、ゆっくりと開く音がした。時間停止装置が、限界を迎えるサインだった。ドアの隙間から、黒スーツの男たちが、ユウタとアキラの姿を捉えた。
時間は動き出す。
男たちが、ユウタたちに向かって突進してくる。ユウタは時間停止装置を握りしめ、アキラを守るように前に立った。アキラは最後の力を振り絞り、配信ボタンをタップした。
「今だ、ユウタ! 世界を変えるんだ!」
アキラが作り上げた粗末な装置は、微かに青い光を放ち始めた。その光が、止まった大気中の粒子を揺らし、ゆっくりと、しかし確実に、周囲の空気を澄ませていく。その様子は、アキラのスマホを通して、今まさに世界中に配信されているはずだった。
ユウタとアキラの、未来を賭けた戦いは、今、世界中の人々の目に映し出されようとしていた。
10.夜明けの兆し、そして新たな選択
ドアの隙間から現れた黒スーツの男たちが、ユウタたちに向かって突進してくる。時間は動き出し、アキラのスマホから発せられる青白い光が、夜の闇に吸い込まれるように輝きを増した。
アキラが作り上げた粗末な装置は、唸り声を上げ、その周囲の空気を明らかに変化させていく。スマホの画面には、リアルタイムで計測される大気中の二酸化炭素濃度が、みるみるうちに低下していくグラフが表示されていた。その様子は、今まさに世界中の人々が視聴しているライブ配信に乗って、広範囲に拡散されていた。コメント欄は驚きと興奮で溢れかえり、瞬く間に膨大なアクセスが集中していく。
クロノス・キャピタルの男たちは、その異様な光景に一瞬たじろいだが、すぐに正気を取り戻し、ユウタたちに襲いかかった。ユウタは時間停止装置を再度起動しようと試みたが、度重なる使用でバッテリーが限界を迎えていたのか、装置はもはや微動だにしなかった。
「くそっ…!」
絶体絶命のその時、突如として夜空に眩い光が閃いた。次の瞬間、クロノス・キャピタルの男たちの前に、フードを深く被った人影が音もなく降り立った。あのコンビニで設計図を回収しようとしていた、未来人だ。
未来人は、男たちとユウタたちの間に立ち塞がると、一切の感情を読み取れない声で低い命令を発した。「これ以上は、許されない。」
未来人の手から放たれた不可視の力が、男たちを容赦なく吹き飛ばした。彼らは抵抗する間もなく、人形のように遠くへ吹き飛び、そのままぴくりとも動かなくなった。未来人はユウタの方へと振り返る。その視線の先に、ユウタの手にある時間停止装置、そしてアキラが掲げるスマホの画面が映った。未来人の瞳の奥に、わずかな動揺のようなものがよぎったように見えた。
「君たちは…歴史を、変えた。」
その言葉は、まるでユウタの心の奥底に直接響くようだった。未来人は、ユウタが手にした時間停止装置を見つめた後、その視線をアキラがライブ配信している装置へと移した。
「この技術は…未来で『失われた』はずのもの。だが、君たちはそれを、別の形で『見つけ出した』。」
未来人は、ユウタたちに背を向け、再び夜空へと溶け込むように消えていった。その背中からは、もうあの時のような敵意は感じられなかった。
時間が動き出すと同時に、けたたましいサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。警察だ。ユウタとアキラは顔を見合わせた。自分たちの行動が、世界を大きく揺るがし始めたことを実感した。
数日後、ユウタとアキラは、世間の注目を一身に集めていた。彼らが公開した「失われたクリーンエネルギー技術」は、当初は疑念の目で見られたものの、アキラがオンライン上で提供した詳細なデータと、世界中の科学者による検証によって、その有効性が証明されつつあった。クロノス・キャピタルは情報操作に奔走したが、もはや手遅れだった。彼らの不正な活動と、半世紀前の隠蔽工作も、公の場で問われることになった。
ユウタは、もうあの古びた腕時計を使うことはなかった。彼の時間停止能力は、歴史の秘密を暴き、未来への新たな道を開くための「きっかけ」だったのだ。
アキラは、世界中の科学者やエンジニアから共同研究の申し出が殺到する中、目を輝かせて語った。「これは始まりにすぎない。この技術が、本当に世界を変える。僕たちの手で、未来はもっと良くなるはずだ!」
ユウタは、アキラの言葉に静かに頷いた。あの夜、旧校舎の屋上で見た青い光は、単なる装置の光ではなかった。それは、暗い夜空に差し込む、未来への一縷の光だったのだ。彼らの平凡な日常は終わりを告げ、今、新たな選択と、大きな責任を伴う未来が始まろうとしていた…
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